検査と治療

精液検査

射精した精液中の精子の数や運動率や形などを調べる検査で、この結果のことを「精液所見」という。精液所見をもとに治療方針を決める場合が多い。
この検査でわかるのは、精子濃度・精子運動率・正常形態率などで、3つとも低い場合を「 OAT症候群」という。

精液の採取のしかたによって、精液所見が違うことも多い。そのため、ストレスやプレッシャーの多い環境よりも、できるだけリラックスした状態で検査を受ける(射精する)のが望ましい。(具体的には、休日の午後か、仕事の終わった夜間に採精用の個室で検体を採取するのが好ましい)
また、1回目の検査結果が悪くても、2度、3度と行うと結果がよいことも多いので、1回で諦めないことが肝心だ。

一般的に行われている精液検査では、提出された精子の一部しか検査していない場合がある。 無精子症 と診断された場合でも、顕微鏡で覗いた一部の精液の中に「たまたま精子がいなかった」ということも考えられる。精子の数が少ない場合は、精液全量を検査する正しい方法で精液検査が行われることが重要である。真の無精子と極端に精子数が少ない場合(高度乏精子症)や、射精のたびに精子がいたりいなかったりするクリプト精子症(隠れ精子症)の場合では、治療法に大きな違いがあるからだ。

精液検査を受ける 精液検査の方法

精液所見と治療の考え方

男性不妊の治療は、精液検査とそれ以外の検査や診察を行い、それらの結果を踏まえて治療を進める。
精液所見(精液検査の結果)を悪くしている原因を探り、原因が判明すればそれに応じた治療を行うが、原因がわからない場合も多い。
基本的な考え方として、精液所見で精子数が少ないほど高度な治療が必要になる。

精液所見
正常値
精子が少ない
運動率が悪い
奇形率が高い
精子がかなり少ない
精子が見あたらない
(無精子症)
治療法
タイミング法
人工授精
顕微授精(ICSI)
精索静脈瘤の手術
ホルモン療法
Conventional TESE
MD-TESE
精路再建術

泌尿器科での検査

泌尿器科では、精液検査のほか、問診、視診・触診・内分泌検査・超音波検査などを行い、場合によってはより詳しい検査(染色体分析・遺伝子検査・MRI検査)を実施する。生殖機能について多方面の検査をすることで、症状を的確に診断する。
検査について、詳しくは「 男性不妊外来に行こう!」を参照。

産婦人科と泌尿器科の違い

男性の不妊検査は、まずは妻が通う産婦人科で精液検査を受けることが多い。この場合、一般的には精液検査のみという施設が多く、精液所見が悪くても、その原因を詳しく調べることは難しい。産婦人科なので男は診察してもらえない場合が多い。また、精液所見が悪ければ、原因治療をすることなくすぐに人工授精や体外受精・顕微授精をすすめられることが多い。
一方、泌尿器科では多方面の検査を行い、どこに問題があるのか調べていく。適切な治療を行うことで精液所見が改善するケースが多いからだ。
もし産婦人科の検査で精液所見に問題があったら、不妊治療に詳しい泌尿器科にかかることをおすすめする。日本生殖医学会の生殖専門医の泌尿器科医を参照するといい。

日本生殖医学会の生殖専門医

最新の精子機能検査

精子の妊娠させる力を調べる、最新の検査。従来の精液検査ではわからない「精子の質」を調べることができる。

精子機能検査

タイミング法で気をつけること

「タイミング法」は不妊治療の最初のステップで、女性の排卵日を予測して、それに合わせてセックスをするもの。 精液所見で問題がない場合に行われるが、排卵日を意識するあまり、男性がプレッシャーに感じてEDや射精障害を招くことがあり、これを 「タイミングED」という。また、これがエスカレートすると、男女ともに気分が落ち込む「排卵日うつ」に陥ることも。EDは悪化させないためにも、早めの対処がおすすめだ。
治療は、まず「セックスは排卵日だけにするのがいい」という勘違いを解消して(いつしてもよい)、精神的なプレッシャーを和らげること。また、場合によっては、バイアグラなどのED治療薬を服用する。これらでも難しい場合には、「人工授精」という選択肢もある。

人工授精(AIH)

人工授精の方法

射精した精液を病院で処理してから、女性の子宮に注入する治療法。 精子の数が少ない、運動率が悪い、正常形態精子が少ない場合、また射精障害や勃起障害などの場合に行われる。 射精から卵子に到達するまでの道程は精子にとって苛酷なレースだが、人工授精では、その距離の一部(膣から子宮頸管まで)をバイパスできる。 「人工授精」という言葉が人為的な印象を与えるが、受精や着床などの妊娠のメカニズムはまったくの自然任せで、実際にはほぼ自然妊娠と同じ。
体外受精以上の高度な生殖医療が始まる前から存在した生殖補助技術(ART:assisted reproductive technology =(生殖補助医療)であるのでconventional ART(従来法のART)と呼ばれている。
これに対して体外受精以上の高度なARTを「modern ART(近代ART)」とも呼んでいる。

人工授精の妊娠率

人工授精の妊娠率の推移

男性不妊患者カップルの人工授精の妊娠率は10〜20%程度で、それほど高い確率とはいえない。しかも、累積妊娠率といって、「この治療によって妊娠に至った割合」を指し、1回の治療で10〜20%が妊娠するわけではない。人工授精で妊娠した人の多くは、5回目くらいまでに妊娠していて、長く繰り返しても妊娠率は上がらず、残念ながら過度な期待は望めない。

元気な精子を選び出す処理

人工授精の妊娠率の推移
パーコール法

精子調整用試薬に精子を重ね、遠心分離器にかけると、死滅精子や白血球や細菌などが取り除かれ、運動精子が残される。
スイムアップ法

運動率のよい精子を集める方法。処理前の精液やパーコール法で回収した精子の上に培養液を重ね、一定時間置くと、元気のいい精子が上の培養液のほうに泳ぎ上がってくる。

精子の状態を改善する治療

精液所見が悪い場合、多くは精子をつくる機能に問題がある「造精機能障害」と考えられる。造精機能障害のうち、原因が判明すれば、その治療を行う。
原因が判明した中で最も多いのは「精索静脈瘤」で、これは抗酸化療法(CoQ10)や手術によって精液所見の改善が期待できる。

精索静脈瘤 精索静脈瘤の治療

また、数は少ないが、比較的見つかりやすい原因にホルモン分泌異常(低ゴナドトロピン性精巣機能低下症)がある。
治療は不足しているLH(黄体形成ホルモン)やFSH(卵胞刺激ホルモン)などのホルモンを補充する。いずれも注射で、自分で打つ自己注射も可能。
低ゴナドトロピン性精巣機能低下症は特定疾患に指定されているので、100%治療費の助成を受けることができる。

ホルモン分泌異常(内分泌異常)

男性不妊の多くは原因不明であり、残念ながら精液所見を改善する特効薬はない。現実的には、効果には個人差があるが、抗酸化剤としてのビタミンBや体調の改善をめざして漢方薬などが処方されることがある。

精索静脈瘤の治療

精索静脈瘤の手術には、「低位結紮(けっさつ)術」と「高位結紮術」がある。いずれも精巣静脈を結んで切断することで、逆流がなくなり瘤が消失する。
低位結紮術は、鼠径(そけい)管という部位よりも下の位置で、高位結紮術は鼠径部よりも高い位置で、それぞれ精巣静脈を結紮切断する。
精巣静脈は精巣に近づく下部ほど分岐して数が増えるので、確実に精巣静脈を結紮するために、高位結紮術を取り入れる施設もある。
低位結紮術は日帰り手術も可能だが、入院して経過を確認してから帰宅するのが安心だ。 術後に精液所見が改善するケースでは、手術を受けてから約半年ほどかかる。精液所見が改善されれば治療成績も向上するので、人工授精や顕微授精と並行して、精索静脈瘤手術を受けるのは有効な治療といえる。
重要なのは、精索静脈瘤患者さんでは、精子のDNAが壊れている割合が高く、顕微授精が高率に流産に終わるが、手術後は2カ月過ぎから精子DNAの壊れている割合が急速に低くなり、2回目の顕微授精の妊娠率が向上することだ。
従って、精索静脈瘤のある患者さんカップルで顕微授精不成功の場合には、次回の顕微授精の2カ月以上前に、手術を受けることがおすすめだ。日帰り手術などの特殊なことをしなければ、健康保険の適応を受けられる。

体外受精、顕微授精(IVF-ET、ICSI)

体外受精(IVF-ET)は、女性の卵巣から卵子を採取して、精子と体外で出会わせるもの。受精するかどうかは自然任せで、対象は卵管に問題がある場合や原因不明不妊など。
顕微授精は、ひとつの精子を選び、顕微鏡を使ってその精子を細い管で直接卵子に注入する方法(ICSI)。受精率は体外受精よりも高く、約70%。対象は、従来は男性不妊だったが、最近はそれ以外のケースにも広がっている。

いずれも受精を確認したら、数日間培養して、受精卵(胚)を子宮に戻す(胚移植=ET)。卵巣刺激の方法や培養方法、凍結した胚を融解して移植するなど、治療にはさまざまなバリエーションがある。

人工授精など、従来の治療法を「conventional ART」といい、体外受精や顕微授精などは「新しいART」という位置づけで「modern ART」と呼ぶ。

*ICSI=Intracytoplasmic Sperm Injection(卵細胞質内精子注入法)
*ART=Assisted Reproductive Technology(生殖補助技術)

顕微授精

体外受精と顕微授精の違い

体外受精

卵子の上に多数の精子を振りかけて、受精を待つ
顕微授精

ひとつの精子を選び、顕微鏡を使って卵子の中に直接注入する

Conventional TESE/MD-TESE

いずれも「無精子症」の治療法で、精巣から精子を回収するもの。 Conventional TESE(従来法の精巣精子採取法)は精巣の精子を、精巣白膜を5mm程切開してこの部分から精巣組織を採取する。この方法は閉塞性無精子症に向く。
MD-TESE(顕微鏡下精巣精子採取法)は、手術用顕微鏡を使って精巣内にある精細管をできるだけ広範囲に観察してから精子を探し出す。この方法は非閉塞性無精子症に向く。
これらの方法で精子が見つかれば、その精子を用いて体外受精や顕微授精を行う。

Conventional TESE/MD-TESE 顕微授精
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